「日本に背ば向けて眠っとらすと」最後の栗原小巻の台詞が響く作品だ。今も昔も日本人は綺麗事しか言わないようだ。
明治維新後の日本は不平等条約を覆すために、外貨獲得目的で女性の人身売買をしていた。そんな女性の半生記(実話)を描いた。

 
原作は女性史研究家山崎朋子の大宅壮一ノンフィクション賞受賞作、監督は熊井啓で主演は栗原小巻、田中絹代。田中絹代はこの作品でベルリン国際映画祭銀熊賞最優秀女優賞)、キネマ旬報女優賞、芸術選奨文部大臣賞を受けるが、3年後に亡くなる。
 

あらすじ

 
日本の女性の近代史を研究している圭子は、天草旅行中に偶然サキという老婆と知り合う。極貧生活をおくる彼女が、ボルネオで出稼ぎしていた「からゆきさん」であることを知った三谷は、サキの家に住み込み、その半生を聞き出す。

 
幼少期、サキは父を早く亡くしたが、母が父の兄の許に嫁ぐことになり、これからは飯が食えると喜ぶ。しかし太郞造の企みで身売り代金300円と引き替えに英領ボルネオのサンダカン八番娼館に売られる。下働きとして入ったサキは14才で初めて客を取らされる。体中に入れ墨をした原住民だった。それからサキは心を入れ替え、白人も土人もどんな客でも受け入れて、早く借金を完済して日本に帰ろうと決める。
そんなサキにも初恋はあった。相手はゴム園で働く秀男だった。同じような身の上の同志愛で結ばれた。けれど秀男もゴム園主人の娘への婿入りが決まり、彼女の初恋は終わる。
娼館の主人は女郎上がりのキクに変わっていた。男勝りのキクは娼婦に優しい人だったが、昭和に時代が移り変わり、在外日本娼館に対する風当たりが強くなった頃、病に倒れる。キクは日本人娼婦のために墓園を用意してくれていて、ボルネオで一生全うせよと言って亡くなる。
望郷の念の強いサキは退職金がわりにもらった指輪を持って日本へ帰る。そこで待っていたのは、娼婦であった彼女に対する冷たい視線だった。彼女は日本を見限り、満州に渡り結婚して息子も授かる。敗戦のどさくさで夫を失い、戦後は京都で息子と暮らしていた。しかし息子が結婚するに当たって、結婚生活の支障になるためサキだけ天草へ追い返されたという。
圭子が雑貨店へ買い出しに行くと、村の人たちが噂をしている。圭子の身元がばれたようで、天草地方の暗い過去を暴きに来たと騒ぎになっているようだ。
圭子はサキに謝罪し、暇請いをする。サキは「私の話を本にしたければしても構わない」と優しく言ってくれる。

 
3年後、圭子はサンダカンへ行く。そしてキクが言っていた日本人娼婦の墓地を探す。それは山奥深くにあり、いまは忘れ去られていた。墓地を見つけると、おかしな事に気付く。全ての墓が日本に背を向けるように南を向いているのだ。

雑感

サンダカンと言えば日本軍が捕虜を連行した死の行進で有名だが、サキが住んでいた頃は日本領になる前の話である。ボルネオは北をマレーシア、南をインドネシアが治めているが、以前はそれぞれ英国とオランダが統治していた。
 
まず現在のからゆきさん研究では娼婦だけでなく、単に嫁いでいった人もいるし、出稼ぎとして働いた人もいた。女衒に騙されて売られた娼婦=「からゆきさん」ではないのでご注意願いたい。
1983年頃、海外から日本に水商売などの出稼ぎに来た人を「ジャパゆきさん」と呼んで、流行語になった。それはからゆきさんを基にした造語だった。1993年キネマ旬報ベストテンで第一位に輝いた「月はどっちに出ている」もフィリピンから来たジャパゆきさんを扱っていた。いまでは東南アジアからの女性労働力無しに日本経済が成り立たなくなっている。

 
田中絹代がこれほど演技が上手かったとは思わなかった。俳優座の栗原小巻をグイグイ引っ張っていく。以前は自分の演技の型を堅く守っていたが、日活出身の熊井啓監督との組合せで新たな一面を魅せてくれた。
それにも増して嬉しいのが、水の江瀧子の演技だ。田中絹代より後輩だが、戦前は松竹歌劇団の男役として絶大なる人気を誇った女優だ。戦後は石原裕次郎の映画プロデューサーとして裏方に回っていたが、お茶の間ではバラエティ番組レギュラーでおなじみだった。それが久しぶりに銀幕に帰ってきてくれた。田中絹代との演技対決はなかったが、田中の名演に花を添えてくれたのは嬉しかった。
あとは高橋洋子だ。美人だし聡明だったので、後に文筆業に転身した。生意気なんだけど、イヤミがない人だった。あの頃は高橋洋子、檀ふみが頭の良い若手女優ツートップだった。三年前久しぶりに映画に出演したし、同じ北海道を舞台にした朝ドラ「北の家族」(居酒屋じゃない)つながりで「なつぞら」に出て欲しいヒロインである。

 

スタッフ・キャスト

 
監督 熊井啓
製作 佐藤正之 、 椎野英之  (1974年度キネマ旬報第一位
原作 山崎朋子
脚本 広沢栄 、 熊井啓
撮影 金宇満司
音楽 伊福部昭
美術   木村威夫
 
配役
三谷圭子 栗原小巻
北川サキ(回想) 高橋洋子
北川サキ 田中絹代
おキク 水の江滝子
おフミ 水原英子
おヤエ 藤堂陽子
竹内秀夫 田中健
太郎造 小沢栄太郎
妻モト 神保共子
兄矢須吉 浜田光夫
母サト 岩崎加根子

サンダカン八番娼館 望郷 1974 東宝・俳優座製作 東宝配給

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