何でもない通り魔殺人事件に見えたが、スコットランド・ヤードのハザードとリーロイドは捜査していうちに奥深い人種問題に深く関わっていくことになる。

フーダニット(推理もの)の形式をとっているが、50年代の英国で珍しい人種差別問題を扱った映画で、英国アカデミー英国作品賞を受賞した。
舞台女優にして名脚本家であったジャネット・グリーンのオリジナル脚本を監督バジル・ディアドンが映画化した。主演はナイジェル・パトリック、マイケル・クレイグ、共演はイヴォンヌ・ミッチェル、名脇役バーナード・マイルズ
英国らしいド派手なスタンダード・カラー映画。

あらすじ

月曜日の朝、ロンドンのある遊園地で若い娘の刺殺死体が見つかった。事件を担当するハザード警視とリーロイド警部補は被害者を王立音楽学校の学生サファイアと考え、婚約者の学生デビッドに死体を確認させた。

警察は彼女の兄の医師ロビンスを呼んだ。意外なことに彼は黒人だった。彼らの父は白人、母は黒人でその兄妹は混血だった。サファイアはナイトクラブで黒人のように踊り狂う写真を隠し持っていた。

検屍により彼女は妊娠三ケ月とわかる。デビッドは自分の子だと認めた。彼は奨学金で留学することになっていたが、それも諦めるつもりだったと言った。殺人があった土曜日、彼がいない間にデビッドの両親ハリス夫妻をサファイアは訪ねていて、お腹の子供のことを告げたと言う。そのとき双子の母親でもある姉ミルドレッドが一緒に立ち会った。
ただデビッドのアリバイは完璧ではなかった。ケンブリッジに写生に行き、午後11時にロンドンに帰って来たのを見た証人は警官だったが、車から降りたところを見ていなかった。

サファイアは下着店を背の高い黒人とともに訪れていた。また近所の医師は土曜日の午前中に彼女が妊娠していることを告げたと言った。サファイアの前の家主は黒人が遊びに来るので追い出した、彼女はしばしば白人の「振り」をしたと語った。
デビッドは学校にも行かず死体発見現場の遺留品を探していた。何かを見つけて排水溝に捨てた。
サファイアがポールという黒人弁護士といた証言が得られたことから、まずポールが調べられた。彼らはインターナショナル・クラブで出逢ったが、彼女が白人と結婚するので別れたと言う。
インターナショナル・クラブとは有色人種の若者が親睦を深めるサロンだが、サファイアがデビッドと結婚することを決めた途端、姿を現さなくなった。そしてポールが黒人クラブ「チューリップ」でジョニーという黒人とケンカをしたと言う証言を得た。「チューリップ」から出て来たところでジョニーを逮捕した。サファイアと踊っていたのは彼だった。血痕の付いたナイフも見つかった。しかし彼は決して認めようとしなかった。

デビッドを乗せた運転手が見つかる。彼は六時に下ろしたと証言した。またデビッドが排水溝に捨てたのは部品の木片だった。デビッドの父も午後10時までのアリバイがなかった。
ジョニーはついにホレスと喧嘩をして刺したと告白し、裏も取れた。一方、警察はデビッドの倉庫を家宅捜索して、双子用乳母車を押収し、子供の人形が足の部品がない状態で見つかった。乳母車は死体遺棄用だと考えられた。

ハザードがサファイアの兄ロビンズ医師とデビッドの家を改めて訪問する。黒人であるロビンズを見た途端にミルドレッドの様子が豹変する。彼女は弟の将来を台無しにした混血のサファイアを恨んでいた。その上ミルドレッドに対して上から目線でものを言ったためにカッときたのでサファイアを殺したのだった。

今日のセリフ

最後にハザード警視がリーロイド警部補に語る。

We didn’t solve anything, Phil. We just picked up the pieces.

「我々は何も解いていない。ヒントを集めただけだ」

ハザード警視は人種差別反対派だった。恐らく一つの事件を解決しても、それは一つのヒントにしかならないという意味だろう。

雑感

この映画は殺人事件の犯人当てを通して、人種差別の根の深さを語っている。ハリス夫人は黒人に対して寛容であり息子もその地を継いでいたが、ハリス氏は不寛容でありその血を姉ミルドレッドが受け継いでいた。

当時の英国はすでに黒人が医者や弁護士になることができる社会だった。同時に白人にも身分階級以外に経済格差が発生していた。白人の中産階級といえども借金で苦しみ息子の将来に全てを託している者がいる一方白人が最下層に位置付けていた黒人に裕福な層が現れて、白人の嫉妬を買っていた。
このような急激な時代の変化についていけない人たちに起きた不幸な事件だった。

ところで百合というと白百合をイメージしてしまうのは日本人だけの習慣かな。「チューリップ」の黒人オーナーがサファイアの肌がリリー・スキンだと話しているを聞いた。おそらく混血の肌色(黄色に近い)を表す英国方言だろう。要するに当時の英国人にとって百合というものは白くなかったのだ。米語でもリリー・スキンという言葉は使われているが、差別的な意味は感じない。

スタッフ

監督 バジル・ディアデン
製作 マイケル・レルフ
製作総指揮 アール・セント・ジョン
脚本 ジャネット・グリーン
台詞 ルーカス・ヘラー
撮影 ハリー・ワックスマン
音楽 フィリップ・グリーン
作詞  ソニー・ミラー
主題歌 ジミー・ロイド

キャスト

ハザード警視 ナイジェル・パトリック
デビッドの姉ミルドレッド イヴォンヌ・ミッチェル
リーロイド警部補 マイケル・クレイグ
婚約者デビッド ポール・マッシー
デビッドの父ハリス氏 バーナード・マイルズ
母ハリス夫人 オルガ・リンド
被害者の兄ロビンズ医師 アール・キャメロン
弁護士ポール・スレイド  ゴードン・ヒース
被害者の友人パッツィ  ジョスリン・ブリトン
黒人不良ジョニー  ハリー・バード
被害者サファイア  イヴォンヌ・バッキンガム

サファイア Sapphire 1959 英ランク製作・配給 日本RKO国内配給 英国アカデミー作品賞に輝くフーダニット映画

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