ミュンヘンサウンドのボニーM「怪僧ラスプーチン」
boney m-rasputin男1人女3人の黒人グループだったが、実際はドイツ人プロデューサーが操っていた。
事情はここに詳しく載っている。このサイトは大変ためになる。
昨年末話題になったDJ OZMAの元々の曲「ダディ・クール」
Boney M – Daddy Cool
こっちは正しい「バビロンの河」
Boney M – Rivers Of Babylon (1978)

次は西ドイツ系キャンディポップ。
大ヒットしたアラベスクの「ハローミスターモンキー」は誰かが作ったイメージ映像しかなかった。
Arabesque- Hello Mr Monkey
三人組なので、どうしてもキャンディーズと比べてしまう。リズム感では負けているが、振付では日本も負けていない。
アラベスク「恋にメリーゴーランド」(タイトルの意味が分からない。)
Arabesque
アラベスク「さわやかメイクラブ」(凄まじい題だ。)
Arabesque- Make Love Whenever You Can
アラベスクは探せばまだまだ出てきます。
しかしアラベスクをgoogleでしかも日本語で検索すると、ドビュッシーが出てくるのは良いとして、次に山岸涼子先生のバレエ漫画が出てくる。

美人お色気デュオのバカラもある。
見ているだけで腰が砕けてしまう「誘惑のブギー」
Baccara – “Yes, sir, I can boogie”
彼女らはスペイン出身だが、西ドイツからデビューした。
彼女らを見ると、ピンクレディーと比べてしまう。
BACCARA VENUS 1977
1978年のユーロビジョン。多分、これがフランス語のスペイン訛りなのだろう。
Baccara – Parlez-Vous Français?
1979年テレビでの「グラナダ」、彼女らはやはりスペインものが最高。
BACCARA “GRANADA” 300 MILLONES 1979
最後は西ドイツ版「あの人は今」かな。
Maria Mendiola Mayte Mateos Interview 2004 Baccara
顔も少し似ていた二人は、仲が相当悪かったので、今も分裂したままみたい。

西ドイツのヴェロニカ「恋のダディーオー」が見つからなかったので、ハンガリーからニュートンファミリー「ドンキホーテ」を。
Neoton Familia – DON QUIJOTE
ハンガリーの平田隆夫とセルスターズといった感じだった。
ついでにもう一つ。
フラメンコタッチのナンバー、サンタ・エスメラルダの「悲しき願い」(フランスのプロデュース作品。ボーカルのリロイ・ゴメスはアメリカ人。原曲はもちろんアニマルズ。)
Santa Esmeralda – Don’t Let Me Be Misunderstood
中原理恵「東京ララバイ」(作曲筒美京平)が似ていたのは有名だ。
推奨CD:
ザ・マジック・オブ・ボニーM~ベスト・コレクション
キャンディ・ポップス
CANDY POPS!2
これで一晩中踊り明かしてください。

大英帝国からドゥーリーズ。「ウォンテッド」は当時の映像がない。(1979年)
Wanted-Dooleys
バックスフィズ「夢のハッピーチャンス」
United Kingdom entry to Eurovision 1981
Bucks Fizz Making your mind up
ユーロビジョンだけあって、気合いがはいっています。
そして大御所ノーランズ。「ダンシングシスター」(1980)
ただし姉妹の生まれは隣のアイルランド。
The Nolans – I’m In The Mood For Dancing (Sung In Japanese)
日本語で歌っています。
セクシーミュージック(1981)
Nolans – Sexy Music
第10回東京音楽祭でグランプリ受賞。
声は枯れていたんだけどなあ。
Nolans – 10th Tokyo Music Festival – Grand Prize
元気だった頃の土居まさるが懐かしい。

ボニーM、アラベスク、バカラなどユーロディスコ

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